入場者のほとんどが学生だった

初めてコミックマーケットが行われたのは1975年で、参加サークルをはじめ入場者のほとんどが学生だったのです。
その開催を仕切ったのが漫画批評集団とも言える「迷宮」であり、この「迷宮」と呼ばれるサークスは1967年に作られた雑誌「COM」というタイトルのコミック雑誌の理念を元に形成されています。
ここで「COM」という雑誌を簡単に紹介すると、創刊者は「鉄腕アトム」「ブラックジャック」で多くの読者に愛される作家手塚治虫氏であり、彼が「好きなモノが書ける雑誌」「新人を発掘し育てる場」という考えの元で自身も「火の鳥」を連載したのです。
現在名の知られている漫画家である石ノ森章太郎や松本零士、さらには赤塚不二夫という豪華なラインナップが顔を揃えページを華やかに演出していましたが、その一方で新人作家の作品も積極的に載せられ、とても人気があった雑誌です。
このコミック雑誌から巣立った人の中には「タッチ」や「H2」の作品で有名なあだち充も含まれていたといいます。
さらに「日本全国のコミック好きの集いの場」である「ぐら・こん」のコーナーが存在感を放っていました。
このコーナーは読者が投稿した作品を、雑誌でプロが指導する画期的なコーナーであり「ぐら・こん」の理念を受けついでいるイベントが「日本漫画大会」だと言えます。
「COM」から飛び出した「迷宮」というサークスの仕切りのもとコミックマーケットが誕生したのが1975年なのです。

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2011年12月1日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:同人誌

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